書評『地下鉄サリン事件はなぜ防げなかったのか』
本書は、元警察庁刑事局長の垣見隆がオウム真理教事件の捜査全内幕を初めて証言したものです。 この事件は、宗教団体の活動が法令に違反し、公共の福祉を損なう場合には厳しい措置が取られるべきであることを示しました。最近、東京地裁が世界平和統一家庭連合(旧統一教会)に対して解散命令を下した評価にも繋がる出来事の記録としてタイムリーだなと思い手に取りました。
本書から分かる制度的変革
オウム真理教が起こした一連の事件があまりに衝撃的で大きかったため、宗教法人の 扱いについて大きな変化があったことは何となく知っていましたが、本書を読んで当 時の事件からどのように解釈されどう影響しているかの一旦を知ることができまし た。
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監視体制の強化
- 事件後、宗教法人法は「二都道府県以上に礼拝施設を持つ団体の所轄を文部省へ移管」する規定を新設()。本書では、地方警察と中央機関の連携不足が事件拡大を招いた実態を捜査記録から再構成し、この改正の必然性を裏付けている。
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透明性義務の創設
- 財務帳簿の提出義務化や信者への情報開示請求権導入()について、捜査段階で明らかになったオウムの資金源隠蔽手法を具体的に分析。宗教団体の不透明な財政実態が法改正を促した経緯を実証的に記述している。
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解散命令要件の明確化
- 改正法81条で「公共の福祉著しく害する行為」が解散事由に明文化された背景を、当時の警察内部資料を引用して解説。地下鉄サリン事件発生時には適用根拠が曖昧だった法的欠陥()が、本書の捜査過程描写から浮き彫りになる。
本書の新規性
- 「30年目の証言」の意義
- 事件から30年を経て初めて公開された捜査メモや会議録が、法改正審議時の政治力学(で指摘される「政争の具」化問題)を立体的に再現。単なる制度解説を超え、政策決定の現場を生々しく伝える。
- 現代への警鐘
- 2023年の統一教会解散命令で初適用された「民法上の不法行為」規定()と対比しつつ、本書が提示する「公共の福祉」概念の変遷が、宗教法人規制の法的連続性を照射する。オウム事件で培われた法制度が、新しい社会問題にどう継承されるかを考察する足場を提供。
まとめ
本書は事件の単なる回顧録ではなく、日本の宗教行政が「信教の自由」と「公共の安全」の狭間で試行錯誤する過程を、捜査当局内部の葛藤まで含めて立体的に記録した点に最大の価値がある。宗教法人法改正をめぐるカトリック教会の懸念()や仏教界の批判()といった多様な声を背景に、事件が社会制度に刻んだ深い痕跡を浮かび上がらせる。