『機動警察パトレイバー THE MOVIE』(1989) リバイバル上映を観て
先日、1989年公開の『機動警察パトレイバー THE MOVIE』のリバイバル上映を観てきました。 「思い出補正」で作品評価を必要以上に上げていて、見直すとがっかりするのではと懸念していましたが、予想に反してしっかりと楽しむことができました。
映画『機動警察パトレイバー THE MOVIE』の感想
公開当時も見て、その後何度かビデオでみているはずですが、久しぶりに見るとやは り名作だと感じます。
サスペンスからアクションへ:緩急自在の展開
本作は、前半と後半で大きく雰囲気が変わります。前半は、不穏なレイバーの新OSを めぐるエンジニア達の動きと、自殺した天才エンジニアの陰謀に迫る警察の様子が描 かれます。緊迫感のあるサスペンスドラマとして観客を引き込みます。
対照的に後半では、台風の中、巨大な方舟で繰り広げられるレイバーの戦いが中心と なります。この静と動の対比が見事で、エンターテインメント作品として非常に楽し める構成となっています。
独特の「風情」が醸し出す世界観
本作の魅力の一つに、独特の「風情」があります。これはテレビシリーズにも共通し て見られる要素です。
まず、バブル経済の中で急速に変わりゆく街並みが印象的です。高層ビルが次々と建 設される一方で、古い下町の風景が徐々に失われていく様子が松井刑事の聞き込みを 通して丁寧に描かれています。この新旧の対比が、消えゆく古き日本の風情を強く印 象付けます。
特車二課整備班のおやっさんやシゲさん、そして指揮担当のあすまらの姿勢にも古き エンジニアとして「風情」を感じます。彼らは上層部からの指示に反してHOSを疑 い、その問題に真摯にアプローチしていきます。技術者としての直感と経験を信じ、 真実を追求する姿勢は、まさにプロフェッショナルなエンジニアそのものです。彼ら の慎重かつ大胆な行動が、作品全体に緊張感と奥行きを与えています。
さらに、昭和の大人たちの会話には特筆すべき風情があります。例えば、後藤隊長と 松井刑事、おやっさんらが交わす会話には、シビアな状況下でも冗談を交えたり、皮 肉を言い合ったりする様子からは、今日では失われつつある大人の余裕が垣間見えま す。彼らの会話は決して饒舌ではありませんが、それぞれの言葉に重みがあり、キャ ラクターの深みを感じさせます。
このような会話の描写は、現代のアニメーションでは珍しくなってきており、本作の 大きな魅力の一つとなっています。セリフの端々に感じられる人間味や、言葉と言葉 の間にある沈黙さえも、作品全体の雰囲気を豊かにしているのです。
1989年:時代の転換点
この作品が公開された1989年は、振り返ってみると非常に象徴的な年でした。
- 昭和天皇の崩御
- ベルリンの壁崩壊
- 冷戦の終結
- 三菱地所によるロックフェラー・センター買収
- 任天堂によるゲームボーイの発売
これらの出来事を見ると、1989年が現代とは異なる世界線だったように感じられま す。政治、経済、テクノロジーなど、様々な面で大きな転換点となった年だったので す。
特に日本の技術産業、とりわけPC業界も同様です。 当時、日本の技術力は世界一だと持て囃され、NECのPC-98シリーズが一世を風靡して いました。多くの人々がこの国産PCに熱狂し、日本のIT産業の未来は明るいと信じら れていました。
しかし、私自身が始めて買った16ビット機は、台湾製のマザーボードで手組みしたも のでした。それが日本製の有名ブランドPCよりも高性能であることを実感していまし た。この個人的な経験は、やがて訪れる日本のPC産業の衰退を予感させるものでし た。
振り返れば、1986年の日米半導体協定から日本のIT産業に「毒」が仕込まれていたのかもしれません。その後のWindowsへの移行に伴い、日本のPCはその輝きを急速に失っていきました。1989年は、日本のIT産業にとって最後の輝きを放った年だったのかもしれません。
この時代背景は、『機動警察パトレイバー THE MOVIE』に描かれる近未来の世界観と も呼応しています。作中で描かれる先進的な技術と、それがもたらす社会の変化は、 まさに当時の日本が直面していた現実と重なるのです。
まとめ
『機動警察パトレイバー THE MOVIE』は、エンターテインメントとしての魅力だけで なく、時代の空気感をも見事に捉えた作品だと言えるでしょう。30年以上経った今見 ても色褪せない魅力があり、当時の社会情勢や雰囲気を感じ取ることができます。
リバイバル上映を通じて、作品の魅力を再確認するとともに、1989年という時代の転 換点を振り返る機会となりました。古い作品を見直すことで、現代社会の姿をより鮮 明に捉えることができるのかもしれません。