読了『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実』
ジェフ・エメリック
3日ほど前に、ジェフ・エメリックが心臓発作で亡くなったとのニュースが流れました。
ジェフ・エメリックは元EMIのオーディオ・エンジニアでビートルズの初のレコーディング から関わり、特に「Revolver」「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」 「Abbey Road」など黄金期のレコーディングを支えた伝説のエンジニアです。
裏方のスタッフなのであまり知られていないでしょうが、ビートルズ黄金期の 4トラックしかなかった時代にあの魔法のような音を実現させたエンジニアの 一人です。
その後もWingsの後期のアルバムやポールのソロアルバムでエンジニアを勤めてる ことからもわかるように、ポールとは特にウマがあったようです。
ポールのWebサイト でも、以下のように追悼メッセージが上がっていました。
I’ll always remember him with great fondness and I know his work will be long remembered by connoisseurs of sound. (これからもずっと、僕は彼の偉業と共に彼のことを懐かしく思い起こすだろう。 そして、彼の功績はこの先も音楽愛好家の記憶に残ることだろう)
ご冥福をお祈りいたします。
『ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実』
『 ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 』 は、そんなジェフ・エメリックが2006年ごろに出版した本です (日本では2009年出版)。
日本語タイトルがダサ過ぎますが、原題は "Here, There And Everywhere" です。
この本は必ずしもビートルズのサウンドの秘密を書いたものでなく、 オーディオ・エンジニアとしての彼の半生を描いたものです。もちろん、タイトルからも わかる通り、彼のキャリアでももっとも大きかったであろうビートルズとの仕事についての 比重が大きいことは間違えありませんが。
彼の幼少期からEMIに入社するまで、そしてビートルズの最初の録音に立ち会い、その後 メインのエンジニアを勤め黄金期のサウンドをいかに作り出していったか、解散以前に 崩壊していくバンドの様子、その後のポールとの仕事、そして最後に『ビートルズ・アンソロジー』 のリマスタリングについてが語られます。
特にビートルズとの協業の部分はマニアならニンマリするようなエピソードが多く語ら れています。
例えば、"A Day In The Life"のエピソードです。
この曲はジョンの曲ですが、途中ポールが書いた中間の24小節が入っています。 つなぎとして不規則に音程を上げていくオーケストラの音が挟まれており、この部分に カウントアップする男の声が入っているのに気づいている人は多いと思いますが、 意味がわからないので不気味な感じがします。多分、不規則なオーケストラ音の中で 演奏位置を見失わないようにだろうなと思っていましたが、この本を読むと その理由とその声がマル・エヴァンスの声だとわかります。
マル・エヴァンズがピアノのわきに立ち、中間の二四小節をカウントすることになった。そうすればメンバーは、余計なことに気を取られずに、プレイに専念できる。マルの声はヘッドホンから送られていたが、録音するつもりはなかった。ところがカウントが進むにつれて、彼は次第に興奮しはじめ、声もどんどん大きくなった。やがてほかのマイクにもまわりこむようになり、最終的なミックスにも一部が生き残ってしまう。
ジェフ・エメリック; ハワード・マッセイ. ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 (Kindle の位置No.4047-4050). 河出書房新社. Kindle 版.
こういった逸話や、今ではエフェクター一発で出せてしまう音を、当時はマイクや スタジオの機器、テープ操作で気の遠くなるような工夫をしていました。 Sgt. Pepperの頃はなんと4トラックしかなかったので、いかに大事なトラックの オリジナルを残しながら、どのトラックに音をオーバーライドするかなどと言う離れ業 をやっていたのです。
そう言う逸話をこの本で読んだ後、「あとがき」の彼の言葉は重いですね。
今日のエンジニアには、当時のぼくらには考えられないくらい選択の幅がある──トラック数も、信号を操作する方法も、ミキシングにかける時間も、それこそ無限にあるといっていい。でもぼくはそれが、かならずしもいいことだとは思わない。
ジェフ・エメリック; ハワード・マッセイ. ザ・ビートルズ・サウンド 最後の真実 (Kindle の位置No.10048-10050). 河出書房新社. Kindle 版.